太田雄貴 フェンシング改革!引退後は協会会長に
元フェンシング選手の太田雄貴さんは、2008年の北京オリンピックにおいて、突きのみが有効となる『フルーレ』という種目で銀メダルを獲得して注目されるようになりました。
それまで日本では見向きもされなかったフェンシングを日本人に認知させた功績は非常に大きいです。
その功績が認められ、引退後は公益社団法人日本フェンシング協会会長に就任しました。
しかも、観客がフェンシングの試合を楽しめるように、最新技術を導入し、魅せるフェンシングにするという才能を発揮しています。
太田雄貴さんが起こしたフェンシング改革と、その素顔に迫ります。
太田雄貴ってどんな人?
太田雄貴さんのプロフィールは、次のとおりです。
【名前】 太田雄貴(おおたゆうき)
【生年月日】 1985年11月25日
【出身地】 京都府生まれ、滋賀県大津市育ち
【血液型】 O型
【身長】 171cm
【趣味】 車、音楽
【特技】 寝ること
【高校】 平安高等学校卒業
【最終学歴】 同志社大学商学部卒業
【職業】 WIN3株式会社の代表取締役、公益社団法人日本フェンシング協会会長など
太田雄貴さんは、幼い頃から、スキー、水泳、陸上、サッカー、体操など、さまざまなスポーツをしてきました。
そして、かつてフェンシングをしていた父・義昭さんの影響を受け、小学3年生からフェンシングを始めたのです。
父親と続けた厳しい練習と負けず嫌いの性格により、小学校、中学校で全国優勝すると、高校時代はインターハイ3連覇、高校2年生の時には全日本選手権で優勝を果たします。
その勢いは止まず、アテネオリンピック(9位)、北京オリンピック(2位)、ロンドンオリンピック(団体2位)、 リオデジャネイロオリンピック(初戦敗退)と、4大会連続の五輪出場を果たしました。
残念ながら、オリンピックで金メダルは獲得できませんでしたが、2015年にモスクワで行われた世界選手権では優勝しています。
さらに、「フェンシングに専念するために北京オリンピックにはニートで挑み、大会後に森永製菓に入社」「テレビ出演」「東京オリンピック誘致に尽力」「2017年12月1日、TBSアナウンサー・笹川友里さんとの結婚を発表」など、話題も尽きません。
リオデジャネイロオリンピックで初戦敗退し、2016年12月4日、全日本選手権が行われていた駒沢体育館で、引退セレモニーを行いました。
その後、森永製菓を退社し、現在は、自身の会社を経営すると共に、公益社団法人日本フェンシング協会会長として活躍中です。
太田雄貴が起こしたフェンシング改革
引退の際、太田雄貴さんは、「世の中の人を驚かせることができれば」とコメントしました。
その通り、日本フェンシング協会会長として、その才能を発揮しています。
2018年4月1日放送のフジテレビ系列『ジャンクSPORTS』で紹介された改革は、次のとおりです。
太田会長の3大改革
- LED判定導入(ポイントを獲った選手側の床が光る)
- フェンシング・ビジュアライズド(CGを使って視覚的に見やすくする)
- VRフェンシング(太田雄貴とバーチャル対戦)
『フェンシング・ビジュアライズド』の映像は、次の動画で確認できます。
カッコいいですね。
東京オリンピックでの実用化を目指しているそうです。
実現すれば、フェンシングの試合をより楽しく見られるでしょう。
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