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野人岡野雅行のサッカー版ROOKIES!激レアさん


サッカー

2017年12月11日放送のテレビ朝日系列『激レアさんを連れてきた。』のゲストは、元サッカー日本代表選手の岡野雅行さんです。

サッカーファンにはお馴染みの存在ですが、サッカーをあまり見ないという方にも知られています。

ロン毛を振り乱して俊足で走る姿から「野人」というニックネームが付けられ、自分で出したパスに自分で追いつくという『一人スルーパス』で観客を沸かせたこともありました。

そして、1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会・アジア最終予選のアジア第3代表決定戦でイランと対戦した際、延長戦で野人岡野さんが最終予選初出場を果たします。

ことごとくチャンスをつぶし続けた野人岡野さん。

しかし、中田英寿さんが放ったミドルシュートをイランゴールキーパーが弾き、野人岡野さんがそのこぼれたボールにいち早く反応すると、右足でスライディングシュートして、これが決勝点となり、日本初のW杯本戦初出場が決まりました。

この試合は、「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれており、今後もずっと語り継がれていくでしょう。

短時間の出場であったものの、このように大活躍した野人岡野さんですが、実は高校時代に不良校でサッカー部を創設し、強豪校に育て上げたキャプテンでもあるのです。

『ROOKIES』みたいな珍しい経験をしているのに、あまりこの話をしていません。



岡野雅行ってどんな人?

岡野雅行さんのプロフィールは、次のとおりです。

【名前】 岡野雅行(おかのまさゆき)

【生年月日】 1972年7月25日

【出身地】 神奈川県横浜市港北区

【血液型】 B型

【身長】 175cm

【趣味・特技】 サッカー

【高校】 松江日本大学高等学校卒業

【最終学歴】 日本大学中退

【職業】 ガイナーレ鳥取代表取締役GM

岡野雅行さんが、サッカーの才能を発揮し始めたのは、日本大学サッカー部に所属していた時でした。

体育の授業で、陸上部の選手と100mを走った時、バッシュで走ったにもかかわらず10.8秒で勝ち、自分の足の速さを初めて知ったのです。

そこで、俊足を生かしたプレーに変更し、その後の活躍につながります。

そして、日本大学サッカー部での活躍が注目され、Jリーグの6チームから誘われると、大学3年で中退し、1994年、最も熱心だった浦和レッドダイヤモンズに加入しました。

浦和や日本代表で活躍しましたが、得点はあまり獲っておらず、印象に残るタイプの選手です。

その後、ヴィッセル神戸、浦和レッドダイヤモンズ、天水圍飛馬、ガイナーレ鳥取と移籍し、2013年シーズンで現役を引退して東京で解説者になるつもりでした。

しかし、ガイナーレ鳥取の社長に「何とかチームに残って力を貸してほしい」とお願いされ、現在は、ガイナーレ鳥取の代表取締役GMに就任しています。



野人岡野雅行 不良校でサッカー部を創設し、強豪校に育て上げる

『ROOKIES(ルーキーズ)』は、森田まさのりさん原作の漫画で、新人教師・川藤幸一が野球部の不良学生を改心させ、甲子園を目指す物語です。

佐藤隆太さんや市原隼人さん、佐藤健さんといった人気俳優でドラマ化・映画化され、大ヒットしました。

それ以前には、山下真司さん演じる熱血で泣き虫の先生が、不良学生を更生させ、ラグビーで花園を目指すドラマ『スクールウォーズ』が人気になっています。

『スクールウォーズ』は実話を基にしており、時代を問わず感動できる物語です。

そして、野人岡野さんも『ROOKIES』や『スクールウォーズ』のように、不良校でサッカー部を創設し、強豪校に育て上げた経験を持っています。

野人岡野さんは、横浜で生まれ育ち、中学まで地元の学校に通い、中学卒業後はブラジルにサッカー留学するつもりでしたが、家族に反対されてその希望は叶いませんでした。

中学生の時に遊んでしまったため、地元にある偏差値の低い高校に進学するしかなく、ヤンキーになることが明らかだったので、親戚が薦める島根県松江市の松江日本大学高等学校に進学することになったのです。

しかし、この高校はヤンキーが集まる高校であり、サッカー部はありませんでした。

サッカーがやりたかった野人岡野さんは、サッカー部を創設すると、選手兼キャプテン兼監督として、先輩のトガノさんと陸上専門の顧問の合計3人でスタートし、ヤンキーを勧誘して、サッカー経験がほとんどない20人以上を集めます。

とりあえず、これでサッカーができるようになり、野人岡野さんが練習メニューや戦術を考えました。

練習を続ければ、次は練習試合となりますが、不良校ということで、周りの高校に試合を断られ続けることに。

それでも、何とか練習試合を受け入れてくれた水産高校があり、長い時間を掛けてバスで遠征に行くと、そこも荒れた高校だったのです。

ホイッスルが鳴ると、ヤンキー同士ということで、サッカーの試合にもかかわらず、味方選手がサッカーボールではなく相手選手を膝蹴りし、結局、校舎で観戦していた相手高校の生徒や顧問の教師も参加する大乱闘に発展します。

試合結果は「0対0」で、ケンカは勝ちました。

試合後、野人岡野さんが涙を流し、「サッカー部を辞める」と告げると、チームメイトは謝り、その日以降、真剣にサッカーに取り組んだのです。

そんな状態からのスタートでしたが、半年後に初勝利し、1年半後には鳥取県ベスト4の強豪校に育て上げました。

そのため、高校3年生時の高校サッカー選手権大会では、優勝候補にもなっていましたが、初戦で野人岡野さんに3人マークが付き、今まで負けたことがない相手と1対1でPK戦に。

お互い4人目まで決め、5人目の野人岡野さんが外して負けました。

チームメイトからは、「外したのが岡野で良かった」と言われたそうです。

このように、野人岡野さんは、漫画やドラマになるようなことを生徒として体験した激レアさんであり、唯一無二の存在と言って過言ではありません。

ちなみに、この後、野人岡野さんと、高校からサッカーを始めたチームメイト2人が県選抜に入りました。

さらに、サッカー部創設メンバーである先輩のトガノさんは、トガノ建設の社長となり、現在はガイナーレ鳥取のスポンサーをしています。


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