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激レアさん!寺尾新 マニー・パッキャオと戦ってフィリピンパブでモテモテ


ボクシング

2017年12月18日放送のテレビ朝日系列『激レアさんを連れてきた。』のゲストは、元プロボクサーの寺尾新さんです。

「寺尾新」という名前を聞いても、ほとんどの人は誰だか分からないでしょうが、寺尾新さんは、マニー・パッキャオさんと戦ったことがある唯一の日本人であり、ボクシング通にはよく知られています。

残念ながら、試合には完敗しましたが、フィリピンパブでモテモテになるなどの得をしている激レアさんです。

そんな寺尾新さんの素顔に迫ります。



寺尾新ってどんな人?

寺尾新さんのプロフィールは、次のとおりです。

【名前】 寺尾新(てらおしん)

【生年月日】 1970年12月24日

【出身地】 東京都八王子市

【趣味・特技】 格闘技

【前職】 プロボクサー、プロレスラー、総合格闘家、キックボクサー

【所属していた事務】 八王子中屋ジム

寺尾新さんは、21歳でキックボクシングを始めて連盟のランキングにも入りましたが、地元に出来た八王子中屋ジムに入門し、ボクシングに転向しました。

チャンピオンを目指して着実に階段を上っていた中、マニー・パッキャオさんに負け、さらに、後にスーパーフライ級で世界チャンピオンとなるセレス小林さんに惜敗し、1999年7月3日、プロボクサーを引退しています。

ちなみに、プロボクサーとしての戦績は、通算16戦10勝(1KO)5敗1分、最高位は日本フライ級2位です。

その後、プロレスラーや総合格闘家に転向し、2007年9月2日には、キックボクサーとして、UKFジャパンの『初代UKF東洋フェザー級王座』に輝きました。



寺尾新 マニー・パッキャオに完敗も、得々人生

マニー・パッキャオさんと言えば、フィリピン人のプロボクサーであり、史上2人目の6階級制覇王者です。

今でこそ世界的スーパースターですが、駆け出しの頃は、ファイトマネーが安いフィリピンを出て、条件が良い日本で戦うことを希望し、築地でアルバイトしていたこともありました。

そして、1998年5月18日、当時27歳の寺尾新さんと19歳のマニー・パッキャオさんの試合が決まったのです。

マニー・パッキャオさんは、前年に東洋太平洋(OPBF)フライ級王座を獲得し、ランキングも上位でしたが、まだ無名の選手だったこともあり、寺尾新さんは「勝算あり」と考えました。

しかし、「化け物みたいに強い」という評判を聞いていたので、油断することはなく、直近の試合結果も5勝1分、体調も万全で試合に挑みます。

ゴングが鳴って約1分は寺尾新さんのペースで試合が進みましたが、額に当たった左ストレートが鉄パイプで殴られたみたいに重く、命の危機を感じることに。

結果、1ラウンドで54発のパンチを受けて3回のダウンを喫し、2分59秒で寺尾新さんのKO負けとなりました。

マニー・パッキャオさんは、この後、世界的スーパースターの階段を一気に駆け上がることになりますが、日本人と対戦したのは寺尾新さんだけとなったのです。

そのため、引退後に不動産会社や介護職員などの職業を転々とした際、面接でこの試合の話で盛り上がり、採用されやすくなりました。

現在も神奈川県相模原市にある『PREBO』という名前のボクシングジムで会長をしていますが、この職も、パッキャオと戦ったことで任されています。

また、フィリピンの英雄と戦ったことがあるということで、フィリピンパブでモテモテ状態です。

寺尾新さんは、試合には完敗しましたが、「マニー・パッキャオと戦った唯一の日本人」という肩書で、ずっと得をしています。


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