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吹浦忠正 1964年東京オリンピックで国旗を作った大学生


国旗

2020年7月24日から8月9日まで開催されるのが、2回目となる東京オリンピックです。

一流のスポーツ選手が日本で最高のパフォーマンスを見せ、日本人選手が活躍し、そして、多くの外国人が来日して盛り上がること間違いありません。

2回目の東京オリンピックは震災復興の意味合いがありますが、1回目である1964年開催の東京オリンピックは戦後復興の意味合いがありました。

驚くことに、その記念すべき大会において、大学生でありながら国旗の製作に携わった男性がいるのです。

2018年1月4日放送のフジテレビ系列『奇跡体験!アンビリバボー2018 新春3時間SP!【東京五輪陰で支えた男たち】』で紹介された吹浦忠正さんの素顔に迫ります。



吹浦忠正ってどんな人?

吹浦忠正さんのプロフィールは、次のとおりです。

【名前】 吹浦忠正(ふきうらただまさ)

【生年月日】 1941年3月17日

【出身地】 秋田県秋田市

【趣味】 日本の抒情歌を歌うこと

【特技】 国旗に関する知識

【高校】 秋田県立秋田高等学校卒業

【最終学歴】 早稲田大学大学院修了

吹浦忠正さんは、早稲田大学大学院修了後、国際赤十字バングラデシュ・ベトナム各駐在代表、大学の助教授・教授、ユーラシア21研究所理事長など、さまざまな要職に就いた立派な人です。

さらに、1964年の東京オリンピックで国旗製作をしている時、北ローデシアがザンビアとして独立するという経験をし、新しい国旗を選手村に届けて、一緒にザンビアの選手と喜んだことで、「将来、この国のために何かしたい」と考え、ザンビアへの支援活動をずっと続けました。

その後も、「大会運営に携わる子供を見つけたい」との考えから、子供たちに対して国旗に関する講演会をしていたこともあり、人一倍、東京オリンピックの成功を願っています。



吹浦忠正が東京オリンピックで国旗担当職員になった経緯

オリンピックには、世界中からそれぞれの国を代表するアスリートが来日します。

この時、国旗は、どこの国の選手か分かりやすくする大切な物です。

素人考えですと、「どこかの業者に頼めばいいのでは?」と考えますが、大きさの違いでトラブルにならないように、オリンピック憲章で「各国旗は同じサイズにすること」と定められています。

しかし、国旗の中にはネパールのように変わった形の国旗も存在し、無理に全ての国旗のサイズを合わせようとするとバランスが崩れてしまうという問題があったのです。

この問題を解決すべく、大抜擢されたのが、早稲田大学4年生の吹浦忠正さんでした。

吹浦忠正さんは、子供の頃に自宅の壁に貼ってあった世界地図を見て、各国の形と国旗に興味を持ち、早稲田大学在籍中に国旗の本を出版していた、その道のプロです。

そして、他に国旗に関するプロがいなかったため、大学生でありながら吹浦忠正さんが東京オリンピックの国旗製作職員に採用されました。

各国の国旗のサイズや色を調べ、それぞれの国の五輪委員会に製作した国旗を送って確認するという作業に携わり、開会式の入場行進では、国名と国旗が合っているか双眼鏡で確認し、見事に成功させたのです。

さらに、1998年の長野冬季オリンピックにも式典担当顧問として携わっています。

このように、吹浦忠正さんは、東京オリンピックと長野オリンピックを陰で支えた人物なのです。


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